2010年05月24日

十字架 重松清著。

≪★★★≫

クラスメイトの遺書に名前を遺されてしまった4人。
いじめの首謀者として残された者。勝手に親友として残された者。片思いの相手として残された者。
遺された者たちの、十字架を背負った、その後の物語。

息子に死なれてしまったあのひとの「なぜ息子を助けなかった・・・?」
フリーライター田原の「土下座しろよ、お前ら」
地元誌記者本多さんの「ナイフの言葉と十字架の言葉。ナイフは刺された時が一番痛い。でも十字架はずっと背負って歩くの」

いじめられていたクラスメイトは、たまたま選ばれてしまった。
親友として名前が出てしまった裕もまた、選ばれてしまったのだ。
だからずっと背負っていかなければいけない、なにもしなかった者として、見殺しにした者として。

片思いの相手として選ばれてしまった中川小百合。彼女もまた十字架を背負った。
でも、中川さんも裕も、立派だったと思う。恐らく、勝手に名前なんか書かれちゃってさ、私関係ないのに、なんて逃げ出しちゃう人がほとんどだと思うのに、二人はそれでもよく頑張ったと思う。

家族にとっては、忘れることの出来ない、許すことの出来ない重い重い十字架。
相手のことも、気付く事の出来なかった親としても。

二十年。背負わされてしまった家族が、お母さんも息子の元へ行き、弟も大人になり、あのひとが一人になって、なにを思うのか。
長い長い歴史を見た気がした。
ラストは切なさと、まるで写真を見ているかのようにあのひとの後姿が浮かんだ。

いじめの最中の物語ではなく、俊介がいなくなってからの物語だったので、陰鬱さはなかった。

今まで、重松氏がいじめの物語を書くと、辛くて、どうしてこんなの書くんだよ!と腹の立つこともあったんだけど、この物語で気づいた。
田原のような存在なのかもって。
たくさんのいじめを見てきて、いつしか忘れ去られてしまういじめを苦に自殺した子、苦しんできた子、その家族たちのことを忘れるなよ、ずっとずっと覚えてろよ、って。
だから、今まで読んでて気分の悪くなるような物語もあったけど、あえて書くことによって、そう言いたかったのかも、って今さらながら気づいた。



posted by じゃじゃまま at 22:06| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。
全くもって、おっしゃる通りだと思います。
忘れさせないために、いつも心に留めておくように、あえて酷い言葉を使って表現したんじゃないかと思うところがたくさんありました。
田原は、きっと重松さん自身なんじゃないかと。

それにしても、重い本でしたよね・・
夏の暑さが余計に身に染みました。
Posted by ゆう at 2010年07月24日 22:56
ゆうさんへ
この作品で、重松さんの今まで込めてた気持ちがわかった気がします。
読んでて辛いのもありましたけどね。それも、忘れるなよ!ってことだったんでしょうね。

自分がしたことを反省して心に留めておく人ばかりならいいけど、そんなこともあったっけね〜、すっかり忘れてた、なんて・・・遺された者は堪りませんね。
Posted by じゃじゃまま at 2010年07月30日 11:58
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