2014年01月13日

光秀の定理 垣根涼介著。

《★★★★》


あれほどに信長に重宝された光秀。なぜあれほどまでの待遇で、迎え入れられたのか。
光秀の武将としての才覚や人柄を、若かりし頃の光秀と、辻博打を生業とする坊主、愚息と兵法者の新九郎3人の出会いを通じて、一生を語り抜く。

正直、私は光秀が好き。それは真保裕一氏の「覇王の番人」で目覚めた。
教科書ではただ一言、裏切り者として片づけられる明智光秀だが、実は領民想いで、一族への熱い思いと結束力、妻を生涯大事にする、教養もあり名家の出の光秀は、信長の人となりを見て、徐々に将来を憂いていた。

あの一冊は力作だった。それゆえに、垣根氏の「光秀の定理」が実は、そんな光秀を否定するものであったらどうしようと、手にしたもののなかなか読めなかった。

ところが!!私の光秀像を崩すことなく、真保氏とは全く違った角度と目線で描きぬいていた。

信長やのちの秀吉、光秀が信じていたにも関わらず手のひらを返した細川藤孝らとの心理戦など、真保氏の小説は読みごたえ十分で、歴史に疎かった私に、面白さを教えてくれた一冊であったけど、それらは一切触れておらず、ひたすらに愚息と新九郎との出会い、二人の生きざまに、光秀が絡んでいくという、私にとっては新鮮で、しかも私の持っている光秀像を汚されることもなく、面白かった。

そして、愚息と新九郎が亡き光秀を偲んで語る、その内容から、書き手の垣根氏も同じような気持ちでいることが窺えて嬉しい。

本当のところは分からないけど、実は本能寺の変は、秀吉の罠であったと私は思っている。細川藤孝も、諸説では、中立の立場でどっちにつけばいいか分からず迷っていた、とされてるけど、私の中では巧みに光秀を追いやった一人だと思っている。

戦国の、野心と野望の時代にあって、ずる賢い奴らが残り、真っ直ぐな光秀が滅んだ、と。

もちろん、私は歴史を後から知っている上での発言なので、当時、なにが真実であったかは分からないけど、秀吉って大嫌い。信長もちょっといっちゃった人みたいだし、子供のころ学んだ社会の歴史なんて、本当に上っ面だね〜。

かつて「覇王の番人」でも思ったけど、明智光秀って知れば知るほど好きになる。
知れば知るほど、魅力のある武将、他にもいたら教えてください。




posted by じゃじゃまま at 16:33| 神奈川 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 垣根涼介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わたし、歴史は(も)苦手なので、じゃじゃままさんがおっしゃるように、社会の教科書で知った裏切り者のイメージを植え付けられていたのだけれど、本作を読んで、光秀って魅力的だったのね、と思いました。
ずる賢い者がいい目を見る、というのは、現代でも変わらないですよね。
覇者にいいように事実が捻じ曲げられるのも…。(><;
歴史上の事実として習ったことのなかにも、そんなことがたくさんあるのだろうなぁ、とも思わされました。
Posted by ふらっと at 2014年01月13日 18:23
ふらっとさんへ
そうなんですよ〜、こういうのあるとちょっと歴史に興味出ますよね。
そして私の中では、信長と秀吉って超嫌な奴として位置しています。

光秀を実際に知らないので(笑)なんとも言えませんが、光秀は本当にいいなって思います。
真保さんも、垣根さんも相当に調べて書いてるはずなので、お二人とも光秀像かけ離れてないので、やはり小説の通りなのではと思っています。
Posted by じゃじゃまま at 2014年01月20日 17:24
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Tracked: 2014-01-13 18:25
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