2014年06月12日

森に眠る魚 角田光代著。

《★★★》

出会ってしまった5人の母親。出会う時期が違えば決して友達にならなかったかもしれない5人の母親が、母親であるがゆえに関係を絶てず、憎しみながらも嫌悪しながらも、見えない糸でがんじがらめになっていく。
その様がリアルで息苦しくなる物語。

東京の都心近くの、文教区。地域柄、進学先は公立、私立、国立と選択できる。お受験をする人を馬鹿にするもの、人知れず決意するもの、それぞれ。
あるジャーナリストの取材を受け、一人の母親がお受験も視野に入れてると発言したことから、疑心暗鬼になり、行動を疑ったり、幼児教室を見学に行ってみたり。
それぞれが様々な理由でお受験を決意するところが、リアル。

お金があり、我が子にはいい教育環境を、とお受験に至る親もいれば、相手の子育てに反感を持ち、あの子と、あの母親と関わりたくないからお受験をする者もいる。

すごく息苦しい物語だった。この物語を読めば、以前起こった「お受験殺人事件」を思い出すだろう。
あの事件では、被害者の母親が一時叩かれ、加害者が同情されるということもあった。
母親という存在に自分がなるまでは、そんな風に捉われたこともあったけれど、角田氏がどれだけ取材したかが分かる。

取材し、いろいろな母親と接し、闇の部分をよく理解したな、と本当に思った。

かつて悩み、苦しみ、もう忘れたはずのあの時代を思い出し、しばらく気分が悪かった。

小説に出てくる、かおり、瞳、容子が少しずつ自分にも当てはまり、息苦しかったけど、分かる分かる、ああ、私もこんな感じなのかな〜っていやな気分。
逆に千花や繭子は私の中にはまるでいないけど、それはそれでこんな人嫌だな〜とまたいやな気分。

容子と繭子が嫌い。

かつてのドラマの「名前をなくした女神たち」を思い出して、これが原案かと思ったくらい。
必ずセレブがいて、身分不相応の見栄っ張りがいて、嫉妬深いのがいて、翻弄される優柔不断がいる。

「ママ友は意識して作らない。いなくても、その場だけの挨拶で十分」と言ったのはかおりだったか。
苦手なタイプとは距離を置く瞳も分かるし、容子の相手の様子に敏感なのも分かる、でもそれは自分が苦しいぞ。

終盤、自分を苦しめる相手の子供を手に掛けようとしたのは、一体誰なのか。

距離を置ければ幸せだけど、それが分かっていてできない苦しみ。
そして、ラストの彼女たちの未来は、見合った結末が用意されていたと思う。決してハッピーエンドではない方向で。

容子と千花はまた小学校で一緒になり、互いを苦しめ合うのだろうか。
瞳はまた私学の中で、孤独を感じたり、場違いな感じで苦しむのだろうか。

かおりは、繭子は・・・。

息苦しく、不安にさせる秀作。



それぞれが誰かを嫌悪して、母親でなければこんなに苦しむこともなかったのに。


posted by じゃじゃまま at 17:02| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 奥田英朗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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