2014年09月17日

赤ヘル1975 重松清著。

《★★★★★》

広島を舞台に、弱小カープが奇跡を起こす年に起こった、少年たちの物語。
決して野球だけの物語ではない、背景には、広島県民たちの愛すべきカープの活躍が描かれているけど、原爆を落とされて30年、広島の人々の苦悩や、そこから立ちあがって来た強さ、そして、私たちの子供時代がそこにはあった。

カープの帽子が赤ヘルと呼ばれるようになる赤に変わった年。カープを愛して止まない野球少年のヤスや、新聞記者志望のユキオ、一攫千金を夢見ては敗れる父に連れられ転校を繰り返すマナブの1975年。
赤なんて女の色だ、と頑なに帽子を被らないヤスは、父を原爆の後遺症で亡くしている。
女手一つで酒屋を継ぎながら姉と自分を育ててくれている母のために、野球部にも入らず家の手伝いをする。

家族のために、誰かが誰かのために我慢する。そんな時代だったよね。
広島へやって来たマナブ。広島の平和や原爆について、熱くなる広島によそもんで、よそもんはよそもんらしく、それでも思うことあって言葉にすると、ヤスに怒られる。
ユキオが言う。「原爆についてヤスから言ってきたら聞くことはしても、こちらからは言ってはいけない」その気持ち、ズシンときた。

分かった風なこと言ってはいけないんだ。そういうことは本当の関係者たちしか言ってはいけないんだ。

物語にはたくさんの関係者が出てくる。その悲しみや苦悩を、読んで知ってはいても、分かった風に理解したと思ってはいけないんだ。

マナブの父はいつも怪しげな商売に手を出しては失敗する。いつも夜逃げ同然で越していく。
どこかにマナブがいるんだろうか。
重松氏の物語にはいつも、どこかにいるんではないだろうか、という人たちが出てくる。

マナブの父が、ヤスの母からお金を受け取る。騙すつもりはなかった、と言うけど、こういう人いるよね。
つもりはないというけど、毎回同じ失敗して、気付かないだろうか。
ヤスは胡散臭さを感じ、だけど、自分の連れの親だから信じたいと、マナブに「大丈夫か?」と聞く。
マナブは父の今までを見て、どこか危なげなものを感じていながらも、「大丈夫」と言ってしまう。
ここで言えないものか。やはり子供は最終的には親を信じてしまうんだろう。

結局失敗するんだけど、マナブにも腹が立つし、ついでにマナブの母にも腹が立った。
家族を捨て、新しい家庭を作る身勝手さ。母に捨てられたマナブ、やっぱりどこかにいそうだ。

カープの優勝を見届け、父と共に九州へ旅立つマナブ。送られてきた手紙に返事を書くと、宛先不明で戻って来て、それっきり。
ヤスがカープのキャンプ地へ行き、北別府選手の名前を叫びながら、心ではマナブを想う。
「帰ってこいよ」と。

三人の少年の物語の先は描かれていない。

このまま会うことはなかったのだろうか。それがさすが重松氏らしいというか、安易な夢を持たせない。

マナブ、一攫千金の夢ばかりを追う父と共に、君はどんな大人になりましたか?
ちゃんと地に足をつけた大人になりましたか?お父さんと同じような弱い人にはなってませんよね?
人を裏切らない大人になってるといい。
きっと他の人よりは寂しいこと、辛いことたくさんあったと思うけど、優しい大人になってるといい。
そして、やっぱり広島に戻っていて欲しい。

人を想うこと、原爆のこと、カープのこと、私はこの物語を読書感想文に推薦する。



posted by じゃじゃまま at 17:41| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。