2014年09月17日

赤ヘル1975 重松清著。

《★★★★★》

広島を舞台に、弱小カープが奇跡を起こす年に起こった、少年たちの物語。
決して野球だけの物語ではない、背景には、広島県民たちの愛すべきカープの活躍が描かれているけど、原爆を落とされて30年、広島の人々の苦悩や、そこから立ちあがって来た強さ、そして、私たちの子供時代がそこにはあった。

カープの帽子が赤ヘルと呼ばれるようになる赤に変わった年。カープを愛して止まない野球少年のヤスや、新聞記者志望のユキオ、一攫千金を夢見ては敗れる父に連れられ転校を繰り返すマナブの1975年。
赤なんて女の色だ、と頑なに帽子を被らないヤスは、父を原爆の後遺症で亡くしている。
女手一つで酒屋を継ぎながら姉と自分を育ててくれている母のために、野球部にも入らず家の手伝いをする。

家族のために、誰かが誰かのために我慢する。そんな時代だったよね。
広島へやって来たマナブ。広島の平和や原爆について、熱くなる広島によそもんで、よそもんはよそもんらしく、それでも思うことあって言葉にすると、ヤスに怒られる。
ユキオが言う。「原爆についてヤスから言ってきたら聞くことはしても、こちらからは言ってはいけない」その気持ち、ズシンときた。

分かった風なこと言ってはいけないんだ。そういうことは本当の関係者たちしか言ってはいけないんだ。

物語にはたくさんの関係者が出てくる。その悲しみや苦悩を、読んで知ってはいても、分かった風に理解したと思ってはいけないんだ。

マナブの父はいつも怪しげな商売に手を出しては失敗する。いつも夜逃げ同然で越していく。
どこかにマナブがいるんだろうか。
重松氏の物語にはいつも、どこかにいるんではないだろうか、という人たちが出てくる。

マナブの父が、ヤスの母からお金を受け取る。騙すつもりはなかった、と言うけど、こういう人いるよね。
つもりはないというけど、毎回同じ失敗して、気付かないだろうか。
ヤスは胡散臭さを感じ、だけど、自分の連れの親だから信じたいと、マナブに「大丈夫か?」と聞く。
マナブは父の今までを見て、どこか危なげなものを感じていながらも、「大丈夫」と言ってしまう。
ここで言えないものか。やはり子供は最終的には親を信じてしまうんだろう。

結局失敗するんだけど、マナブにも腹が立つし、ついでにマナブの母にも腹が立った。
家族を捨て、新しい家庭を作る身勝手さ。母に捨てられたマナブ、やっぱりどこかにいそうだ。

カープの優勝を見届け、父と共に九州へ旅立つマナブ。送られてきた手紙に返事を書くと、宛先不明で戻って来て、それっきり。
ヤスがカープのキャンプ地へ行き、北別府選手の名前を叫びながら、心ではマナブを想う。
「帰ってこいよ」と。

三人の少年の物語の先は描かれていない。

このまま会うことはなかったのだろうか。それがさすが重松氏らしいというか、安易な夢を持たせない。

マナブ、一攫千金の夢ばかりを追う父と共に、君はどんな大人になりましたか?
ちゃんと地に足をつけた大人になりましたか?お父さんと同じような弱い人にはなってませんよね?
人を裏切らない大人になってるといい。
きっと他の人よりは寂しいこと、辛いことたくさんあったと思うけど、優しい大人になってるといい。
そして、やっぱり広島に戻っていて欲しい。

人を想うこと、原爆のこと、カープのこと、私はこの物語を読書感想文に推薦する。



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2014年06月04日

ゼツメツ少年 重松清著。

《★★》

小説家のもとに、少年から謎の手紙が届く。「僕たちはゼツメツしてしまいます」少年2人、少女1人、生き延びるための旅が始まる―僕たちをセンセイの書いた『物語』の中に隠してほしいのです。ゼツメツ少年からの手紙は届きつづける。でも、彼らはいま、どこにいるのか。「大事なのは想像力です」手紙は繰り返す。やがて、ゼツメツ少年は、不思議な人物と次々に出会う。エミさん。ツカちゃん。ナイフさん。このひとたちは、いったい、誰―?
(「BOOK」データベースより)

レビューでは最高に評価の高いこの小説。
ですが、私は最初の方で挫折してしまいました。
いじめに遭ってる少年少女が、最後は死んでいるって内容をどこかで見てしまって、それだけでもう辛くて読めなかった。
もちろん、いろんな方のレビューでは、救いはないけれど、なにかが残る、是非読んで欲しい、って感想が多かったけど、なんだろう、今の状況できっと耐えられないと思ってしまった。

子供たちがいじめに遭ってるわけではないけど、なんだかね、重松氏の描く小中学生のいじめの物語は、本当にぐさっと来るから、立ち直れないくらい暗い気持ちになった物語もかつてあったから、今、読めなかった。
きっと読んでしまったら、同じ年頃の子どもを持つ自分が、怖いって思ってしまいそうで。

子供が成長したら読もうかな。
「きみの友だち」は最高によかったけど。

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2014年03月08日

ファミレス 重松清著。

《★★★》

妻と別居中の雑誌編集長・一博と、息子がいる妻と再婚した惣菜屋の康文は幼なじみ。料理を通して友人となった中学教師の陽平は子ども2人が家を巣立ち“新婚”に。3・11から1年後のGWを控え、ともに50歳前後で、まさに人生の折り返し地点を迎えたオヤジ3人組を待っていた運命とは?夫婦、親子、友人…人と人とのつながりを、メシをつくって食べることを通して、コメディータッチで描き出した最新長篇。 (「BOOK」データベースより)

3人のオヤジたちのそれぞれの人生、互いの友情に、いろんなスパイス(事件)が加わって、煮たり焼いたり・・・仕上がりは?
陽平が妻の書棚で見つけた離婚届。
3人が通う料理教室の講師、エリカが妊娠中の出戻り娘と共に一博の家に転がり込んできたり。
陽平の教え子の母親が不倫ドライブ中に事故に遭い、怖いお姑さんに兄妹たちが逆らえずにいたり、いろんなことがあって、どうな風にエンディングになるのかなって。

基本的に、重松氏の描く女性には共感できなかった。そもそも他人の家に図々しくも居候するエリカ先生とその娘、嫌いじゃん。
離婚届を人生リセットお守りのように持つ陽平の妻も・・・。そんなロマンチックに自分の人生って考えないな〜、私は。まあ、子供が独立して、夫婦二人きりになってみないと、なんとも言えない。
一博の妻は、京都で一人で生きていく力があるから離婚できたんだろうし。
もしかして、私はどちらかというと、家族を大事に幻想を抱いてる3人のオヤジたちに似てるのかもしれない。

しいていうなら、総菜屋の康文のところが一番好きかな。どっしりと家族していて。
もちろん、血の繋がらない連れ子がいるけど、血の繋がりよりも、互いをどれだけ大事に思えるか、それが家族なんじゃ・・・と思ったりね。
ああ、エリカ先生の娘と、三行半突きつけられた元ロッカーのコージー。ここも、いまどきの若者は、って感じだけど、コージーをそのまま総菜屋で修業させてあげたかった。

陽平の教え子、ドンの家庭。あそこもお母さんの不倫という家族にとっては汚点だよね。そこをこの先どうやって乗り越えていくのか、気になるけど、ほっとくか。




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2013年11月08日

また次の春へ 重松清著。

《★★★》


「トン汁」・・・ 母を亡くし、残された3人の子供と父親。明かりの消えたような家で、父が作ったトン汁。
母とはまったく違う変なトン汁だったけど、それがいつしか残された家族の味になっていく。男手ひとつで育てあげ、それぞれ独立した子供たちだけど、あの日父が作ってくれたトン汁は、ずっと受け継がれていった。
なにか悲しいことや辛いことがあると、トン汁を作る。今まで乗り越えてきたことがまた新たな力になっていく。
家族の一つの原点。

「おまじない」・・・ 子供のころ被災地に住んでいた。たった一年で、誰ももう覚えてないかもしれないけど、なにかしたくて、かつてのクラスの集合写真を持って被災地に足を運んだ真知子。
貼り出してメッセージを残しても誰からも電話がかかってこない。だけど、昔自分が転校する前に思いつきで友達に教えたおまじないが、今もその小学校で残っていることを知った。もうそれだけで十分だった。

そう、真知子が残したメッセージは、家族から無神経じゃないかって言われていたけど、それは私も感じてドキドキした。自分が今東京にいること、家族は何人であるとか、正直私も嫌だなって。そしてそこに真知子も気付き、電話がないことに落胆しながらも安堵してるのもすごい分かる。
あのいい加減なおまじないが何十年も続いてるだけで、それが分かっただけで十分。彼女がしたかったのは、誰かのためになることじゃなくて、かつてそこにいたという証が欲しかっただけなんじゃないかな。

「しおり」・・・ 幼馴染をあの日失った。二日前に起こった地震。それで終わったと思っていたのに、それは余震に過ぎなかった。一緒に受けた高校受験。その後で貸してあげた本。二人の住む町は、あの地震でもさほど被害が大きくなかった、それなのに、彼は海辺に出かけ戻ってこなかった。二人の中学校でも犠牲になったのは彼だけだった。
息子を失った母の、悲しみはいかばかりか。あの日釣りに行かなければ、彼はあの地震で犠牲になることはなかった。数か月してから戻って来た本。普段本を読まない彼の、最初の方に挟まったままのしおりが、まるでまだそこに存在してるかのようで、余韻が残った。

「記念日」・・・ 担任の先生の提案で、被災地の方にカレンダーを送ろうということになった。どんなカレンダーが失礼にならないか、傷つけないか、いろいろ考えた末に送ったカレンダーだけど、それでもやはり誰かを傷つける。家族の記念日を消して送ったお母さん。そのカレンダーを受け取った佐藤さんは「消した記念日を教えて欲しい」と言う。すべて失った佐藤さんだからこそ、誰かの記念日を、失った家族を想いながら祝いたいのかもしれない。

「帰郷」・・・ あの日以来住めなくなってしまった自分たちの町。そのやり場のない怒りや悲しみ。同じ気持ちのはずだけど、それぞれの立場や背負ったもの、考え方はそれぞれで、誰も責めることはできない。
けど、小さな自治体に対する国の対応って・・・ないよな。こんなやり場のない感情が、今もそこかしこにあるんだろう。

「五百羅漢」・・・ かつての教え子が津波で犠牲になったという。彼を担任していたのはもう数十年も前で、たった一年の付き合いだった。本当は覚えていない、写真も持っていない。
だけど、先生は山本君の家族の元へ足を運んだ。
かつて先生も実母を亡くし、継母に遠慮して母のことは言わなかった過去がある。その時に叔母から教えてもらった、お母さんは五百羅漢の中にはいる、と。幼くしてお父さんを失った山本君の子供と、かつて実母を探して五百羅漢に会いに行った自分が重なったのかな。

「また次の春へ」・・・ 両親を震災で失った。その後でもらったある手紙。まったく知らされていなかったけど、両親は縁もゆかりもないはずの北海道にメモリアルベンチを購入していたらしい。
いったいなにを想い、この地にベンチを購入したのか。いまだ両親を失った事実をうまく咀嚼できてない彼は、両親が購入したというベンチを見、両親が思い馳せていたものに心を寄せる。

肉親との別れは、いくつになろうとも、こうやって振りかえるんだろうな。

全編に被災地のことが触れていて、読んでいるときは、それぞれに心を打たれたけど、こうやって思い出して感想書こうとすると、重松氏が書きたかったことをきちんと受け止められていないんじゃないかって思う。
実際にはあの地震でなにも失っていない自分には、正直、うまく書けない。

posted by じゃじゃまま at 16:20| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月17日

ポニーテール 重松清著。

≪★★★★☆≫

お母さんの連れ子のマキと、お父さんの連れ子のフミ。
いつもぶっきらぼうでフミにだけ冷たいけど、でもそれは嫌いだからじゃない。まだ家族になったばかりの、新米姉妹、新米親子の心温まる感動物語。

六年生のマキと四年生のフミ。いっつもフミを突き放すようにさっさと学校へ行ってしまうマキだけど、ちゃんとフミの姿が見える範囲にいてくれる。それが分かっているから、マキのゆらゆらと揺れるポニーテールに憧れて、「お姉ちゃんいいな〜」と思っているフミ。
流されやすいフミと、頑固なマキ。
とてもいい具合。

初めてできた友達のツルちゃんから聞いたお姉ちゃんのピンチ。親の再婚と同時に転校してきた姉妹だけど、マキのランドセルは横長のいわゆる私立のランドセルで他の子と違っていたため、女子に睨まれているというのだ。
お姉ちゃんのピンチに、フミは新しいお母さんに相談し、ツルちゃんは自分のお姉さんのお古のランドセルを勧めてくれる。
好きだな〜、このエピソード。私立の校章を隠すために貼っていたシールもトラブルの原因なんだけど、マキの出した答えは、ランドセルと変えることでもなく、シールを剥がし堂々と自分のランドセルで通うことだった。

全然タイプの違う姉妹が、特に流されやすいフミが、一匹狼でわが道を行くマキに、真似はできなくても理解し、共感し、憧れるって格好よくない??
お母さんがいつも一人でいるマキのこと「マキはまだ友だちに出会ってないだけ」っていうのも、すっごく素敵な解釈だなって。

解釈っていうか、本当にそうなんだけど、そういうのを認めてあげる親ってすごく素敵だ。

お母さんがフミのリクエストを忘れてしまって、クリスマスプレゼントの帽子を間違えてしまった時。
一瞬の間を見逃さず、なにも言わずに、フミが本当に欲しかった帽子をあげるマキも超格好いい。
まだ六年生の女の子なのにね。

失敗しがちで、でも典型的な小学生の女の子フミと、無愛想で不器用で、でも人一倍人の気持ちに敏感なマキ。
この物語が誰の目線で描かれていたかを知ったとき、やばいくらい泣けた。

どの章を読んでも泣けて泣けて、自分が母の代だからか。フミを置いて先に逝かなければならなかったフミの母の想い。
継母として後からやって来た立場で、差別なく、朗らかで、フミのお母さんのことも大切にする新しいお母さん。
泣かせるね〜。マキも不器用なだけで、本当はすごく思いやりがあって、今回はフミ中心だったけど、マキの目線で描いたらまた違う物語になるのかな。

重松氏ならではの、温かい家族の物語。



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2012年01月12日

峠うどん物語 上下巻 重松清著。

≪★★★★☆≫

峠のうどん屋。頑固なおじいちゃんとおしゃべり好きなおばあちゃん。目の前に建ってしまった市営斎場のせいで「長寿庵」から店名を変更したけど、おじいちゃんはうどんを打てればよし。おばあちゃんはそんなおじいちゃんがいればよし。
でも一人息子であるお父さんは、早くお店をたたんで欲しいと思っている。
孫であるよっちゃんはお店の手伝いをするのが大好きで、そんなよっちゃんをお母さんは本音では苦々しく思っている。

「学校では教えてもらえないこと大切なことが『峠うどん』にはある」っておばあちゃん。
「中学生のうちから人の生き死にを見るのはどうか」とお母さん。

それでもよっちゃんはお手伝いをするのが大好き。
いろんな人の別れの場面、様々な事情や悲しみに涙が止まらない連作短篇集。

もう上巻から止まらなかった。
義理で参列するお葬式、わだかまりの残る別れ、どんなに長生きしていてもその別れは悲しいもので、どれもが胸を打つ。

町医者の患者さんが亡くなるたびに葬儀に参列し、奥さんが癌でずっと看病する「本年も又、喪中につき」は中でもよかった。
お母さんの貧しかった時代の「二丁目時代」も、懐かしくてよかった。

おじいちゃんが頑固で無口すぎるのがちょっと気になったけど、絶対にうどんが食べたくなる!!特に月見うどんが食べたい!!
あの同級生の男の子がおじいちゃんの弟子になるのかどうかも、是非続きが気になる。


posted by じゃじゃまま at 15:13| 神奈川 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月13日

きみ去りしのち 重松清著。

≪★★≫

幼い我が子を失った夫婦。結婚離婚を繰り返していた母に癌が見つかった一人娘。

一歳になったばかりの息子を失い、一緒にいることのできなくなった夫婦。夫は、突然奪われた息子との時間、絆、意味、なにかを探すため、なにかを求めて旅を続ける。別れた妻との間の一人娘、明日香と共に。一貫して、父親とは認めてみない他人行儀な、奇妙な旅が始まった。

それは忘れるためかもしれない、傷を癒すためかもしれない、ただひたすら今はいない息子を追い求めてるだけかもしれない、旅。

明日香にとっては、これから失う母との、別れの準備をするための旅なのか。

行く先々で、愛しい誰かを失った哀しい家族に出会う。津波で大黒柱を失った民宿のおかみさんとその娘。
病気で亡くした息子が旅した流氷を見に来た老夫婦。
交通事故で家族を失い、以来里親を続けている老婦人。
育ての親が亡くなった後も、家を守り続けているタクシー運転手。
弟を交通事故で亡くした一家。加害者を憎み、哀しい顔で追い返す両親を見続けた姉の想い。

愛する者を失った家族たちは、そのあと、どうなっていくのだろう。
時間と共に再生していく者たちの物語。

正直、別れた妻が身勝手すぎて、どうにも入り込めなかった。その別れた妻との娘、明日香の態度も印象悪いし、そもそもの、セキネさんが覇気がなくてね〜。って、可愛い息子を亡くしたばかりなんだから当たり前といったら当たり前なんだけど、それにしてもぐっと来なくて。

セキネさんの妻、洋子やセキネさんの悲しみが伝わってこず、サンドミュージアムの話と、町内会のおじさんの車で事故に遭ってしまった子ども達遺族と、そのおじさん一家の話が心に残った。
そっちの物語でぐっと読み込みたかった。


posted by じゃじゃまま at 11:42| 神奈川 ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

あすなろ三三七拍子 重松清著。

≪★★★≫

廃部寸前の応援団を救うため、ワンマン社長の鶴の一声で、藤巻大介はエール商事からあすなろ大学へ出向となり、大学生になる。
娘の通う高校の附属大学、その上娘のボーイフレンドのいる大学。

団員は、セタショー時代の野球部のエースの息子、健太。古臭い応援団の気質を排除しようと顧問である教授に刺客として送り込まれた沙耶。大介の娘の彼氏である軽い軽い男、翔。
そして団長である大介の4人だけ。
山下、斉藤というありがた迷惑なOBが指導にまわり、なにかにつけてかつてのOBが顔を出す押忍!の世界。

ありえない、ありえない。40過ぎのいい大人が、学ラン着て、街を歩くなんて。
怖すぎる!でも、押忍!の世界は、仁義の世界だけど、なかなかどうして、熱くて、硬派は筋が通ってる。理屈じゃない、筋。

あすなろ大学、もとい世田谷商科大学と、京浜学院大学の底辺大学の歴史ある意地の張り合いは、傍から見るとくだらないけど、応援団っていうのは男にしてくれるところかもね。
ただし、ちょっと団の話長すぎた感はあるかな。
チアリーダーと吹奏楽部との絡みももうちょっとあってもよかったかなって思うけど。

今ってもうこんな硬派な応援団はないのかな。やりすぎは引いちゃうけど、チャラ男よりは格好いいかも〜。

いい大学出てた大介が、40過ぎて初めて知る、男くさい世界。
くだらないって言ってた沙耶や翔が、大介の妻や娘が、エールを送る大介を見つめる視線が、すごく嬉しい。

ラストのそれぞれのエールは、結構目頭に来たね。オヤジバンザ〜イ。
NHK辺りでドラマ化したら面白そう。









posted by じゃじゃまま at 18:19| 神奈川 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月24日

十字架 重松清著。

≪★★★≫

クラスメイトの遺書に名前を遺されてしまった4人。
いじめの首謀者として残された者。勝手に親友として残された者。片思いの相手として残された者。
遺された者たちの、十字架を背負った、その後の物語。

息子に死なれてしまったあのひとの「なぜ息子を助けなかった・・・?」
フリーライター田原の「土下座しろよ、お前ら」
地元誌記者本多さんの「ナイフの言葉と十字架の言葉。ナイフは刺された時が一番痛い。でも十字架はずっと背負って歩くの」

いじめられていたクラスメイトは、たまたま選ばれてしまった。
親友として名前が出てしまった裕もまた、選ばれてしまったのだ。
だからずっと背負っていかなければいけない、なにもしなかった者として、見殺しにした者として。

片思いの相手として選ばれてしまった中川小百合。彼女もまた十字架を背負った。
でも、中川さんも裕も、立派だったと思う。恐らく、勝手に名前なんか書かれちゃってさ、私関係ないのに、なんて逃げ出しちゃう人がほとんどだと思うのに、二人はそれでもよく頑張ったと思う。

家族にとっては、忘れることの出来ない、許すことの出来ない重い重い十字架。
相手のことも、気付く事の出来なかった親としても。

二十年。背負わされてしまった家族が、お母さんも息子の元へ行き、弟も大人になり、あのひとが一人になって、なにを思うのか。
長い長い歴史を見た気がした。
ラストは切なさと、まるで写真を見ているかのようにあのひとの後姿が浮かんだ。

いじめの最中の物語ではなく、俊介がいなくなってからの物語だったので、陰鬱さはなかった。

今まで、重松氏がいじめの物語を書くと、辛くて、どうしてこんなの書くんだよ!と腹の立つこともあったんだけど、この物語で気づいた。
田原のような存在なのかもって。
たくさんのいじめを見てきて、いつしか忘れ去られてしまういじめを苦に自殺した子、苦しんできた子、その家族たちのことを忘れるなよ、ずっとずっと覚えてろよ、って。
だから、今まで読んでて気分の悪くなるような物語もあったけど、あえて書くことによって、そう言いたかったのかも、って今さらながら気づいた。

posted by じゃじゃまま at 22:06| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月20日

再会 重松清著。

≪★★★☆≫
老舗デパートの娘と、新たに地方に進出してきた都市型ショッピングセンターの責任者の娘、同級生になってしまった小学生なりの苦しさが伝わってきた表題作を始めとした六編の物語。

「いいものあげる」 老舗デパートの一人娘の美智子ちゃん。美智子ちゃんの家のデパートが潰れたのは「わたし」のせいではないけれど、やっぱりお父さんの仕事は言えない。いつまでも女王様であるはずだった美智子ちゃんが町を去る日。友だちではなかったけど、でもやっぱり友だち。

「ホラ吹きおじさん」 いつもいつも親戚中に迷惑かけて、鼻つまみ者だった親父の弟、おじさん。でも「ぼく」は好きだった。そんなおじさんが余命わずか。おじさんの人生は、苦労続きで寂しいものだった。親父は泣くだろうか。

「永遠」 「いまの友情は永遠だよ」・・・そんな小学校時代の約束を、いつまで信じていられるだろうか。弟のユウちゃんは、いつも置いてけぼり。
私立受験組の石川君と公立中学校に進学する小島君の友情に亀裂が入った。置いてけぼりの寂しさを小島君も感じているだろうか。永遠と信じた友情が、洋服と同じように入れ替わっていく、石川君と小島君もそうなるのだろう。でも、あの日永遠と信じた友情が、ユウちゃんの目の前にあった日。

「チャーリー」 主人公なのに、決して一番の人気者ではなく、失敗の連続で、たいしたことのない少年チャーリー。マンガの主人公に合わせて、決して自分が思ってるほど、自分はたいした奴じゃないって気付いてしまう、そんな遠い日の話。いつか自分の息子も気付くだろう、自分の本当の力に・・・。

「人生はブラの上を」 ムウは、運の悪い子だった。からかわれたり、意地悪されたり、お父さんは騙されて、病気になって死んでしまい、お母さんも男の人に騙されて、再婚後もムウは継父に馴染めずに家を出る。その後も不幸続きだった。私たちは子どもの頃、辛いことをどうやってやり過ごしたんだろう?大人になると、忘れてしまう。
そんなムウから、写真付きで年賀状が届いた。幸せそうに笑っていた。

「ロング・ロング・アゴー」 母校の小学校の改修工事にやって来た瀬尾。遠い昔、老舗デパートの一人娘の子が転校する日、勇気を出して声を掛けた。あれから年月が経ち、もういい大人になった。だけど、思うようには人生はいかない。初恋の少女との切ない再会。でもそれは生きていくことの力を与えられたのかも。

個人的には、どれにもそれぞれの想いがあるけれど、「永遠」の石川君と小島君の友情について、男性教諭の話はいいと思った。
友情を信じる女性教諭もいいけど、同じ年代の息子を持つ母親として、男性教諭の話は響いた。
受験する生徒にとって、友だちから無視されることは辛いけど、割り切れていいんだ、そして同じ境遇の友だちを付き合えばいい。これは、ただ単に受験組と公立組の話だけではなく、深いモノがある。

「チャーリー」のどうってことのない父子も、他人事じゃなく、自分も含め、自分が思ってたよりも・・・じゃない、って気付く日。ああ、私だけじゃなかった、って気が楽になった。

あのムウちゃんも、運の悪い子っているんだよ、運だけじゃないって思う人もいるかもしれないけど、でも実際自分のせいじゃなくて、そんな星の下に生まれちゃったとしか思えないようなことある。
それでもムウちゃんが、どんな境遇でも笑っているのがすごく幸せだった。

posted by じゃじゃまま at 11:17| 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

あの歌がきこえる 重松清著。

≪★★★≫
中学に入学して以来ケンカばかりしてきたシュウとコウジ。ヤスオから、コウジの母親が男を作って逃げた、と聞かされた。
ライバルだ、天敵だ、宿敵だ、そんなシュウとコウジ、そんな二人の間にいるヤスオが結んだ中学〜高校時代の友情物語。

先輩に睨まれながらも、クラスメイトの馬場君の最後の願いを叶えてあげたときも、ヤスオは無理だと思ってた受験で3人同じ高校に受かった時も、ヤスオの失恋も、シュウの失恋も、いつも同じ場所にいた。

そんな彼らが、それぞれの道を歩み始める時は、切なかった。
大学がバラバラになって、コウジだけは家庭の事情で自分の足で歩くことを決めり、そんなこんなも、ありがちで、リアルで、こうやって一緒に過ごした友人たちが、高校時代、中学時代の友人って過去の人になっていくんだよね。

重松作品は、いつも東京に憧れて上京してくるんだよね。なんだか故郷って言葉が悲しくなってしまった。(私にはないけど)
コウジとお母さんのラストに、ほんの少し泣いた。

posted by じゃじゃまま at 21:31| ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

青春夜明け前 重松清著。

≪★★≫
本当に、本当におバカな男子の「青春夜明け前」の7編のお話。
秘密基地で仲間とH話で盛り上がる小学5年生の男子。
転校する親友に、お守りとして自分のあそこの毛を餞別に渡す男子。
初体験をしたくてしたくて堪らない高校生の男子。
女子と仲良くする男子を囃し立て、硬派を気取る中学生に訪れた春の兆し。
ちょっと切ない話もあり、呆れた笑いしか出ない話もあり、とにかく女子や仲間に一生懸命だった男子たちの物語。

も〜、なんとも言えません。私は女子なので。
なぜか懐かしい。あくまでも私は女子なので体験的に懐かしいというんじゃなくて、ああ、そういえばそんな男子たち、いたな〜って。

一番好きなのは「横須賀ベルトを知ってるかい?」
ばかだな〜って思うんだけど、どこか切なくて、がんばれよ!って言いたくなる。

道に落ちてた週刊誌のグラビアの部分にえらく大興奮で、はしゃぎまくってた小学校時代の男子たち。
国語の時間、辞書で反応する言葉を見つけては、コソコソと盛り上がってた中学校時代の男子たち。
そんな時代もあったね、とおまぬけで呆れちゃうんだけど、どこか可愛い男子たちを思い出した。



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2009年09月04日

かあちゃん 重松清著。

≪★★★★≫
夫を交通事故で失い、共に犠牲になった上司の遺族への贖罪から、笑うことをやめ、罪を忘れず、ずっと償ってきたおふくろ。
そんなおふくろと共に生きてこなければいけなかった息子。
父親を失ったと同時に、母親をも失ったのか。
そのおふくろが倒れた。巻き添えで犠牲になった上司の墓前で。
見つけたのは、上司だった村上さんの娘、友恵だった。
息子は知る。「忘れないこと」とはどんなことなのか。
父親を失った者同士なのに、事故を起した者の息子、巻き添えで犠牲となった者の娘。

その友恵の息子、啓太もまた、いじめに加わり大事な友だちを傷つけて、逃げ出していた。
少年、友だち、教師、クラスメートと物語りは繋がっていき、そして忘れないこと、赦されることの難しさを教えてくれたおふくろに戻ってくる短編連作。

啓太の中学の教師、福田先生の話好きだったな。
出産後職場復帰して、保育園と学校、育児と仕事の両立。どうしたって比重は女の方に来るわけだし、でも弱音を吐けない。実家の協力なくしては両立なんてなかなかありえないわけだけど、母と娘だからこそ甘えてぶつけてしまう言葉。
そんなときに見つけた冷凍庫のカレー。母親からのメッセージ。
ぶわ〜〜っと泣いてしまった。

償い続けて、笑うことすらしなかったお母さんの「笑い方忘れてしもうた」のつぶやき。
一人で背負い、自分に課してきた日々の重さ、悲しくて涙が止まらなかった。
悪いのは対向車だと思うんだけどね。

でもやっぱり重松氏。リアルな残酷さもありながら、やはり眼差しは優しい。

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2009年08月08日

ステップ 重松清著。

≪★★★★≫
一歳半の美紀と僕を残して朋子は逝ってしまった。
残された娘と僕。朋子の両親、義兄、周囲の人々に守られ、支えられながら、健一と美紀は過ごしてきたのだ。

まるで「希望ヶ丘の人びと」や「とんび」のようだ。どれも妻に先立たれ、残された子どもと父親の物語。
そしてどれも、いろんな試練を周囲の人々に支えられながらの物語で、「とんび」はシリアス、「希望ヶ丘の人びと」はポップで軽すぎるくらい。
そして「ステップ」は明るい感じ。

これもまた周囲に泣かされた。
娘に先立たれ、残されたのは婿と孫。もしも婿が再婚することがあれば、孫とも別れなければいけない。そんな朋子との両親と健一、美紀の交流が泣けた。
健一の両親よりも、義理の親や義兄、兄嫁との交流ばかりで、義父が「健一君は俺の息子だ」っていうお義父さんの心にも泣いた。
ナナさんに病床から「美紀ちゃんと健一君を頼んだぞ」。これには泣いたな〜。
そして美紀がおじいちゃんのために作ってあげた雪ウサギ。
「雪は水なんだからいつかはなくなるものなんだ」って、おじいちゃんがいなくなるのも自然なことなんだよ、って美紀に伝えてるところも泣いた泣いた。

いろいろな周囲がいるんだね。


posted by じゃじゃまま at 17:21| ☁| Comment(10) | TrackBack(4) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月19日

希望ヶ丘の人びと 重松清著。

≪★★★☆≫
妻が、お母さんが小学校5年生から中学卒業までを過ごした街。希望ヶ丘をふるさとと言ったから、残された家族3人は圭子の想い繋ぐためにやって来た。
父と娘と息子3人。妻のいない穴は大きい。母のいない隙間はふさがらない。悲しみの表わし方は姉と弟それぞれだけど、圭子の育った街で、家族3人が、いろいろな人々と出会い、問題にぶつかり乗り越えていく、長編。
重松氏にしては、めりはりのきいた結末で、楽しんで書いてたのかな、と思った。

圭子の初恋の人と田島が仲間になったり、田島が圭子とその初恋の相手エーちゃんにやきもちを妬いたりね、そもそも中学時代の二人の馴れ初めがちょっと漫画ちっくで、ここまで思い切り娯楽作品っぽくしちゃうのも、意外だった。
つ〜んと泣いたり、圭子が引き合わせてくれた圭子の同級生が個性的なキャラで笑ったりと、楽しめた作品だった。

ちくり宮嶋は、父子2代にわたってへたれ親子だし、エーちゃんはそこまでテンション上がりますか!ってくらいノリノリだし。
泣けたのは、圭子が通っていた書道教室の頑固先生と、妻と孫のくだり。
希望ヶ丘からはじき出されたショボを田島が受け入れてあげて、やっと居場所が見つかったり、長い間溝があった祖父と孫が心を通い合わせるとこなんて、泣いたね。

ニュータウンだった希望ヶ丘が、どんどん歴史を刻んでいく。小説が終わる頃には、すっかり希望ヶ丘に馴染んだ住民のようだった。
住めば都だよね。


posted by じゃじゃまま at 22:40| ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

とんび 重松清著。

≪★★★★☆≫
「とんび」と「鷹」の長い長い父と子の物語。
我が子の誕生をどれほど待ち焦がれていたか。照れ屋のヤスさん。美佐子さんとアキラを無骨な愛情で包み込む。このままずっと続けばいいと思っていたのに。まさかの「暗転」。
え〜〜〜〜っ!と、もう〜〜、やだぁ〜〜っ!!とギュッと苦しくなってしまった。

父と子だけになってしまっても、たくさんの手があった。海雲和尚が、両親のいる子は前も後ろも抱きしめてもらえるから暖かい。でもアキラはヤスさんしかいないから、背中が寒いだろう、でもその背中をみんなが暖めてくれる、なんだかいいよね〜〜って。
ヤスさんとアキラは、たくさんの周囲の人に助けられながら、時にぶつかり合いながらも、生きていく。

海雲も、幼なじみの照雲も、その妻幸恵も、たえ子さんも、みんなアキラを見守り、ヤスさんを助ける。
これで泣かない方がおかしいってば。

アキラの結婚相手が、バツイチの子持ちってとこで、あ、そうきたか、と思ったけど、ヤスさんが由美の連れ子とアキラの子、どちらかが溺れたら、って話の時、う〜〜っ!ヤスさんは男だね!と思ったよ。
昭和の古い親父で、バツイチ、子連れにちょっと面白くない顔してたのに、一度孫と認めたら、そういう筋はきちんと通ってるんだね。

いつも短編で、故郷に親を残す子どもの話があるけど、それのロングバージョンでした。

posted by じゃじゃまま at 14:06| ☁| Comment(4) | TrackBack(3) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月03日

サンタ・エクスプレス 季節風*冬 重松清著。

≪★★★≫
もう初夏だと言うのに、今さら冬か〜って気がしますが、暑苦しくもなくほんわかした気分になりました。
多分短編の頭が、あっつあつのほっくほくの石焼イモのお話だったからかも。
「あっつあつの、ほっくほく」 創業以来初の女性管理職についた女性が、多少の孤立感を感じながら、高校時代の孤立感と焼芋のおじさんを思い出す。結構好きなお話。おじさんからすれば、きっと女子高生のちょっとしたトラブルも、時が解決してくれるさ、人生の経験だよ、なんて大らかな目で見守ってくれてたのかな。

「コーヒー、もう一杯」 そっか、コーヒーに砂糖入れてかき混ぜる一瞬の間って案外大事なんだ。

「サンタ・エクスプレス」 弟妹が誕生するって、上の子からすれば降って湧いた災難なのか?と5年前を思い返してしまった。親からすれば新しい家族が増えて嬉しいことだけど、兄弟ってのは複雑なのかも。

「ネコはコタツで」 出たね。重松作品には定番の故郷ネタ。唯一泣いたお話。故郷に親を残した子どもの事情を、理解もでき責められない年代の自分になっている。このお話は、お嫁さんも優しいし、息子も決して薄情ではないよね。お母ちゃんの気持ちがうっ(涙)となってしまった。

「火の用心」 女子高校生二人の友情に溝を与えてしまった町内会のおじさん。大人になると受け入れられることでも思春期は微妙だよね。

「その年の初雪」 転校を控えた少年たちの友情。ふっと甘酸っぱいものを思い出した。転校して会えなくなっても、忘れない友達っている。

「じゅんちゃんの北斗七星」 ああ、これも泣いたんだった。自分たちとは同じにできないじゅんちゃんと、いつも傍にいた少年と、それぞれの両親。どっちも親の気持ちが分かって、そして少年の気持ちも想像できてしまう。じゅんちゃんとお母さん、どこにいるのかな。

「バレンタイン・デビュー」 ちょっとこのお父さん、やだ。うざいんですけど〜。

「サクラ、イツカ、サク」 ちょっと醒めてる自分だと思ってたのに、実はそうじゃなかったと分かって、思わずにんまりしてしまった。

他「冬の散歩道」「ごまめ」「一陽来復」
これくらいなら全部書けばいいんだけど、印象に残ってなくて。


posted by じゃじゃまま at 10:59| ☔| Comment(4) | TrackBack(2) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月04日

気をつけ、礼 重松清著。

≪★★★≫
もっと大人だと思ってた先生、絶対に正しくて畏れや尊敬の象徴だった先生。先生と生徒という関係のあの頃が懐かしく思い出される短編集。
先生って、担任だからって、先生だからって誰でも尊敬したわけでもないし、好きだったわけでもないのに、あの頃の数年間を一緒に過ごしたんだよね。
「白髪のニール」 授業でしか接点のなかった教師と生徒が、ひと夏、立場を替えてギターを教え、そしてロックンロールを教わった。そんなロールし続けた恩師との再会は、粋だった。

「ドロップスは神様の涙」 すっごい怖い保健室の先生。いじめに遭い教室にいられなくなった少女と、体が弱くていつも保健室で寝ている男の子。すっごい怖いはずなのに、実はいろんなこと気付いてて、つっけんどんな裏側に見える優しさにじ〜んとしてしまった。
少女の教室では本を読んでいる、目のやり場がないと負けてるみたい、っていうのが分かるな〜。

「マティスのビンタ」 画家になりたかった美術の教師。そんな教師を冷ややかな目で見つめ、ひどいことをいい、頬をはられたあの日。
いい思い出なんかないのに、逆に忘れられない存在になったりする。
数十年と時を経ても、わだかまりは残るんだよね。

「にんじん」 どうしても好きになれない生徒を、一年間嫌いぬいた教師。同窓会で再会した教え子たちは、あの頃の自分の年齢を超えていて、にんじんと名付けてたあの教え子と再会する。
分かるんだよね、先生に好かれない生徒っていうのも。
にんじんが同窓会で教師に告げた言葉は、痛い所を突いていて、聞いてるこちらが傷ついた。
教師は罰してもらえたことで救われたのかもしれないけど、すごく気分が悪くなってしまった。

言わなくてもいいような気がするんだよね、あの言葉は。
だから、「にんじん」は嫌い。

「泣くな赤鬼」 赤鬼と呼ばれてた教師が、病院でかつての教え子と再会する。中退して、ほっておいた存在の教え子。「大人になったな」そんな当たり前の一言が、どんなにか嬉しかったんだろう。
教師と、元教え子の両親が病院で会うシーンからは、涙が止まらない。

「気をつけ、礼」 表題作。この物語に出てくる少年は、「きよしこ」や「青い鳥」を思い出す。先生だってお金につまづき、人を騙してしまったりもする。それでも先生という存在には、姿勢を正してしまうものなんだな。

posted by じゃじゃまま at 22:43| ☔| Comment(4) | TrackBack(2) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

少しだけ欠けた月−季節風 秋 重松清著。

≪★★★≫
秋、ですね。秋って、うんざりする夏から、ほっと一息つける季節で、学校では一番長い二学期。クラスもまとまりを見せる時で、でも私はなんとなく二学期は苦手だった、そんなことを思い出したかも。

「オニババと三人の盗賊」 商店街にある文房具屋。おばあさんがとっても口うるさく、馬場文具店だからオニババと呼んでいる。
小学生とオニババとの出会いと交流。
昔、商店街にあった、店番のおじさんが怖くて有名だった本屋さんを思い出した。

「サンマの煙」 転校することに不安を感じている娘に、自分の転校ばかりだった少女時代の話をする母親。今の友だちとの別れの寂しさと、新しい場所での未来、読んでいて、懐かしさを感じる話だった。

「風速四十米」 重松作品では必ず登場する、離れた土地で暮らす年老いた両親との話。私はこの手の話は苦手。寂しくて切なくなるから。

「ヨコズナ大ちゃん」 少年相撲大会で優勝当たり前だった大ちゃん。でも好きな女の子が自分の噂話をしているのを聞いてしまい、まわし姿が恥ずかしくなってしまった大ちゃんの話。

「少しだけ欠けた月」 両親の離婚の話し合いの後、家族最後のレストランでの食事。なんだか切なくて、苦しい。どうなのよ、子どもの気持ちは。

「キンモクセイ」 年老いた両親が妹夫婦と同居する。引越しのその日。過ごしてきた家との別れ。重松作品では、大体妹夫婦が同居するよね。長男は責任から逃げてる話が多くて、小説は重松氏のせめてもの贖罪なのだろうか、と思ってしまう。

「ウイニングボール」 ダメダメな草野球チーム。いつも野次を飛ばす少年がいる。その少年のために、チームが変わっていく。
少年、どうなったかがとても気になる。

「よーい、どん!」 不本意な人事異動。部活でレギュラー争いをしている息子。ダメだからって諦めるのか?負けが見えたら、そこでおしまいなのか?

「おばあちゃんのギンナン」 おばあちゃんの十三回忌。久しぶりに帰った故郷で、離婚の話を両親とすることができない娘と、母親のギンナン拾い。なにも言わずとも母親の思いやりが伝わってくる。

「秘密基地に午後七時」 友だちとも微妙に違う、幼なじみ。中年になってから再会したオヤジたちの交流。正直、あんまり共感はできなかったけど、お見舞いにきた幼なじみには、嬉しかった。

「水飲み鳥、はばたく。」 若い頃は分からなかった中年の苦労。いつの間にか自分もそんな年になったんだな〜。

「田中さんの休日」 娘の学校に呼び出された。娘のために頑張る田中さんだけど、それは実は田中さんのために家族が計画してくれたことだった。

posted by じゃじゃまま at 12:10| ☀| Comment(5) | TrackBack(4) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月27日

みぞれ 重松清著。

≪★★★☆≫
重松氏があとがきで語っているように、連作風に息遣いを揃えるのではなく、不揃いな息遣いの「お話」が詰まった短編集だった。
リストラあり、自殺願望ありの少女、子どものいない夫婦、年老いた両親を心配と苛立ちで見つめる息子、栄光と挫折を味わった元演歌歌手と応援する幼なじみ、などなどさまざまな立場と目線で、いろいろな感触で、味わいのある一冊。

特に好きな順から、
「望郷波止場」 一発屋で終わってしまった元演歌歌手。羽衣天女をおかしくいじり視聴率につなげようとするテレビの製作者側と、本気でカムバックさせたい若きレコード会社の社員。
栄光と挫折を味わった元演歌歌手は、どんな思いで一夜限りのステージに立つのか。苦労を重ね、つかの間の栄光もまた手放し、今の姿をみじめと笑うのか・・・応援し続ける幼なじみの思いも深く、たった一夜限りのステージを歌いきった羽衣天女に涙が溢れてきてしまった。
そして、今のなんでもお笑いにしてしまう風潮に、それに乗ってしまった自分も含め、恥ずかしくなってしまった。

「ひとしずく」 子供のいない夫婦を「寂しい」というような人とは付き合わない。そんな夫に、好感と共感を持った。立場は違えども、私も自分の中で価値観があり、それを共有できない人とは一線を画したい人間だから。妹の夫に、母親を面倒見てもらってる手前、強く主張できない夫。せっかくの妻の誕生日に買ったバースディ・ビンテージワインを死守できなかったこの夫に、正直腹が立ち、図々しい無神経な義弟に殺意さえ湧いてしまった。
こんな奴、はっきり言わないと、ね〜。

「電光セッカチ」 これは好きなわけじゃないけど、なんでも先のこと先のことってせっかちな行動する夫に、まるで自分を見ているようで苦笑してしまった。よく私も家族中から言われる。
そうなんだよね、もう少しのん気に、大らかになった方がいいんだよね。きっとたくさんの素敵な景色を見逃しているだろうな。

「みぞれ」 これも特に好きなわけじゃないけど、年老いた両親が同居を快く引き受けた妹の家から飛び出したことに、苛立っている息子。嫌な奴と思いながらも共感できて、居心地の悪さを感じてしまった。両方分かる。年老いた親が二人きりで、なにかあったらどうするんだ、と心配し、そんな心配をさせられることに苛立ちを感じてるんだよね、きっと。
でも自分たちがどうなろうと、それで子供たちに心配をかけるのは百も承知で、やはり住み慣れた場所から出たくない、その親の姿も、恐らく私の両親も、そしていつかは年老いていく私も、重なり、胸が熱くなってしまった。

他「拝啓ノストラダムス様」「正義感モバイル」「砲丸ママ」「遅霜おりた朝」「石の女」「メグちゃん危機一髪」「へなちょこ立志篇」




posted by じゃじゃまま at 11:24| 🌁| Comment(2) | TrackBack(1) | 重松清 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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